青森市で産後のママ達の家事サポートを行っているNPO法人があります。
「NPO法人こもも」と言います。
産後のお母さんはお産後でカラダは完全に消耗している状態です。それにプラスして2時間おきの授乳や夜も眠れない状態になるために心身ともに疲弊しやすい時期です。
ここがうまくサポートされないことにより、産後うつや虐待などに結び付くこともあり、社会的にもとても重要な活動と言えます。
このたび、そんなママ達の強い味方、NPO法人こももの代表、橋本歩氏にインタビューをさせて頂くことが出来ました。
とても大切なことをたくさんお伝え頂いた今回の取材でした。ぜひご覧ください。
目次
- 橋本さんは青森のご出身ではないとのことですが、ご出身はどちらでしょうか。
- 青森に住むことになったきっかけについて教えてください。
- 東京では、どのようなことをされていたのでしょうか。
- 専業主婦からNPOの活動に移行するようになったきっかけについて教えてください。
- NPO法人では、主にどのような活動をされているのでしょうか。
- どれくらいの期間、サポートするのでしょうか。
- 赤ちゃんと弱っているお母さんをケアするので、スタッフの方も大変なのではないでしょうか。
- どのような方がスタッフとして参加されているのでしょうか。
- 活動を通して、子育てについて何か感じることはありますか?
- 青森でサポートされていく中で、日頃感じている疑問や課題などはありますか。
- お父さんは、育児に関わっている場合が多いのでしょうか。
- 今後のビジョンについてお聞かせください。
- 青森の皆さんへメッセージをお願いします。
橋本さんは青森のご出身ではないとのことですが、ご出身はどちらでしょうか。
転勤族の家庭でしたので、北海道内を転々としていました。
道東へ行くことはありませんでしたが、生まれは静内町で、今は親の住むのが小樽なので、北海道出身と言えますね。
青森に住むことになったきっかけについて教えてください。
今から22年前、ちょうど20歳の時に青森へ引っ越してきました。
小樽で高校を卒業してから一度、東京へ出ているのですが、その時に出会った年上の友人が割と八戸や弘前出身の方が多かったですね。
わたしも東京へ出て疲れてしまったので実家へ帰ろうと思っていた時に、「ねぶた見たことある?絶対に見た方がいいから青森へ遊びに来た方がいいよ。」と言われ、1週間ほど青森に滞在することになりました。それがきっかけで面白いと感じて住み始めることになりました。
東京では、どのようなことをされていたのでしょうか。
カメラの専門学校に行っていました。でも、先生と折り合いがつかず嫌になり、写真を撮るだけなら趣味でもいいと思って辞めることにしました。
一度、実家には帰りましたが青森へ遊びに来た時に友人も何人かでき「もう、青森へ引っ越して来たらいいんじゃない?」と言われたことや、両親から「東京は遠くて心配だけれど、青森は北海道から近いし、それほど危なくないから引っ越してもいいよ。」と言われたこともあって、引っ越して来ました。
こちらへ来てからはいくつか仕事をした後に、結婚をしました。会社には産休の制度がなかったので、出産を機にずっと主婦業をしていましたね。今は19歳と高校二年生の17歳、あとは中学三年生の3人の子供がいます。今は、だいぶ手も離れて楽になりました。
専業主婦からNPOの活動に移行するようになったきっかけについて教えてください。
今はNPO法人になっていますが、元々は任意団体、サークルのような形でずっと活動をしていました。
最初のきっかけは、2番目の子供を妊娠した時です。一人目の息子と同級生のママグループ、5、6人で遊んでいたのですが、妊娠したことでつわりや体調が悪くなることが多くなり、だんだんとその集まりに行けなくなってきました。
出産後も赤ちゃんを抱えて2歳児のお母さんたち、特に子供が一人だけのお母さんたちのスピードについていけず、それがすごくしんどかったですね。
しかし、2歳差の子供がいる家庭はうちだけではなく、実は、かなり多いことにその時気づきました。
その頃、青森ではまだインターネットが普及していなかったのですが、わたしは前の仕事がパソコンに関係するものが多く、当時としては珍しかったと思うのですが自宅にパソコンがありました。ちょうど2003年になります。
そのこともあり、インターネットで青森の掲示板を探して自分の状況を伝え、誰か同じような人はいませんかという書き込みをしたところ、15組ほど反響がありました。同じような組み合わせの人もいましたし、3歳差だけど家から出られないという人もいましたね。
そして、何か月か先にオフ会をしようと約束し、「今日もこういう1日で終わった」など、お互いにつぶやく日々を送っていました。しばらくして、オフ会を開催した時には10組以上来てくれて嬉しかったです。
家にいると子供は怒られることが多いですし、私たちも言いたくはないけれどつい怒ってしまうこともあります。でも、外にいて色々なお母さんたちと一緒にいるととても気が楽になり、外に行くことの大切さを知りました。
オフ会として定期的に会うようになったのが、だんだんとサークルのようになっていったのですが、子供たちも大きくなって幼稚園や小学校へ入る子たちも出て来たので、みんなで集まって遊ぶことは少なくなり一旦、そのサークルはやめにしようという話になりました。
そうして振り返った時に、クリスマス会やお弁当を持って遠足に行くなど楽しかったことは何倍にもなる反面、大変なことは半分以下になったことに気づきました。だけど、4年ほど活動をしていて私もその間に3番目を産み、とにかく産後はキツかったという気持ちがどうしても燻っていました。
それで私は、この産後という時期をどうにかできないものだろうか、手助けする手段はないかと公的な支援を探したのですが、どうやら青森や世の中の大半にはないということがわかりました。あったとしても、東京や関西の主要都市ですね。人数が多いところや赤ちゃんがたくさん生まれるような場所だとヘルパーのサポートをしている人がいるので、これならみんな助かるのではないかと今の活動につながっていきました。
NPO法人では、主にどのような活動をされているのでしょうか。
団体の主な収入源は産後サポートになります。これは、チラシを配るなど宣伝をしたからたくさん人がくるというものではなく、もう既に10年やっているので一定層には知られていることと、産婦人科にはほぼ全てチラシを置いてもらっているので、必要な時に依頼があるという形になっています。
例えば、検診センターや市の保健師さんも分かっているので、この人はちょっと大変そうだなという場合はチラシを渡してくれているのだと思います。そのほか、入院中に自分はやばいと思って電話してきてくれる人もいますし、最近では、おばあちゃんが遠方なので行くことができないからお願いしたいというケースもあります。
また、奥さんが産後で体調が悪いので手伝って欲しいと、旦那さんから連絡が来ることもあります。
私たちは子供がいる家庭、赤ちゃんや妊婦さんがいる家庭やその家族に特化しているので、細かく指示をもらわなくてもお手伝いできることがメリットです。
どうしても、妊婦さんは血がお腹にいっているので物忘れも多いですし、言ったことを忘れてしまうこともあるので、赤ちゃんのことで精一杯になると上のお子さんの幼稚園はどう送り迎えしたら良いのかまで頭がまわらないことも多々あります。
また、初めての出産の場合はどこまで見込んでおいた方が良いのかわからないので、旦那さんと一緒に話を聞いてもらったり、場合によっては手伝いに来られるおじいちゃんやおばあちゃんにも話を聞いてもらってからスタートすることもあります。
どれくらいの期間、サポートするのでしょうか。
平均は難しいのですが、例えば、旦那さんがお家にある程度、決まった時間に帰ってくれるのであれば旦那さんが沐浴を担当することもできます。私たちが沐浴の仕方を教えますので毎日訪問しなくても、2〜3日に一度洗濯や掃除、ご飯を作ってあげれば成り立ちます。
しかし、結構な量を食べるお子さんがいる、旦那さんが朝早くて夜遅い場合は沐浴をしてくれる人もいません。そうなると、私たちが毎日行って沐浴し、ご飯を作っておうちのことも手伝うといったことを3週間くらい続けることもあります。
毎日とは言っても旦那さんがお休みの時や週末は空くので、退院してから1か月間で15〜20回ほどでしょうか。
お母さんには、2時間でも3時間でも、赤ちゃんを気にしないで寝ていいよと声をかけるようにしています。すごく泣いて大変だという時には別の部屋で預かり、お母さんとは一旦分けています。
それだけでも体力は回復しますし、精神力も通常に戻ります。やはり、寝られないことが長く続くとものすごく精神を削りますので、なんとか寝て休んで食べてもらうようにしています。
赤ちゃんと弱っているお母さんをケアするので、スタッフの方も大変なのではないでしょうか。
大変だと思います。大変ではありますが、こちらも素質を多少は見ながら、このタイプとこのタイプは合わなさそうと感じた場合は担当を変えるなどしています。合わない場合は遠慮なく言ってくださいと、お母さんにもスタッフにも伝えています。
ヘルパーの研修は私が担当していますが、その中ではお母さんの体や心の状態について時間を大幅に割いて伝えるようにしています。
どのような方がスタッフとして参加されているのでしょうか。
多くは、子育て経験のある方ですね。全くない方もいましたが、お母さんたちも「こういう時どうでしたか」と聞きたいのではないでしょうか。たわいもない会話の中で疑問を解消していくといった形ですね。
私たちは専門家ではないので、どんな質問にも答えられるわけではありませんが、「誰に相談したらいいでしょうか」といった、ちょっとした会話で伝えられることもあるかなと思っています。
今はコロナで人に会いにくいですし、一人目や出産直前に引っ越して来た人は知っている人や頼れる人がいないので孤立しやすく、なかなか疑問を解消できずに悶々と過ごしていますね。
活動を通して、子育てについて何か感じることはありますか?
今は、弘前と八戸、三沢と青森の4か所でサポートを行っています。
やはり、本当に人に会いにくくなっているとは感じています。特に、コロナのことがあってからは、どこにどういう親子がいて、どのような生活をしているのかが本当に見えにくいですね。
とても交流しにくいですし、子供のことを考えて何かをしてあげることも難しい状況ではないでしょうか。本当は外で遊ばせたいけれども、遊ばせていると非常識だと言われてしまうのではないかと、世間体はすごく気にしていると思います。
青森でサポートされていく中で、日頃感じている疑問や課題などはありますか。
県民性かもしれませんが、自己開示をしないので助けてと言えない人が多いですね。他人に助けてもらったり手伝ってもらうことは恥ずかしいと思っているのかもしれません。
それは、個人だけではなく行政も同じです。専門職だからこそ切り込めるところもあると思うのですが、業務が多いと手薄になったり、一人ずつに関わりきれないということもあるのかもしれません。
本来、専門職の人が専門分野としてズバッとやってほしい部分と、そうではない部分の境界線を引くことができていないですし、専門分野以外は私たちに任せて欲しいと感じています。
月に1回ほどの定期巡回でもわかることはすごくあるので、この人は危ないかもしれないという場合は行政に情報を流すようにしています。ですが、向こうからは一切開示はないですし、気になる家庭を訪問したかどうかもわからないので、上手く連携が取れたらいいとは感じています。
私たちは、お母さんと家族という単位で支援しているのですが、できれば私たちは自立支援をしたいと考えています。
よし、やっていけるぞと地域に戻したいわけで、自分たちで判断をして次の相談先も見つけられるようになってもらわないと困るわけです。
一定期間しか関わることはできませんが、次に地域に戻った時に見てくれる誰かがいるというのは心強いですし、安心しますよね。
私の母は助産師でしたが、この人大丈夫かなと気になるお母さんがいたとしても、退院すると次の1か月検診まで特にアクションを起こすことができず、それが心苦しいと話していることがありました。
その時に、地区の担当の助産師や何かしらで関わることができる人が入って行くことで予防になることもあると思います。
昨年は青森の助産師さんに、4週間経ってからの新生児訪問では遅いから2週間にして欲しいという要望を出しました。4週間経つと、精神的にとどまった人に関しては落ち着くのですが、2、3週間目が本当にやられているので、そういう時にこそケアして欲しいですよね。
赤ちゃんは敏感なので、天井や壁を見て病院と違うということは家に帰ってきた時に認識しています。だから、ここはどこなの?という感じで急に泣くことは良くあるのですが、そういうことを産む前にわかっている人はすごく少ないものです。
また、赤ちゃんの泣き声というのはお母さんの耳に響くように耳障りにできています。なので、泣き声がうるさいというのは普通のことだと知っておくことで心が軽くなるのではないでしょうか。
お父さんは、育児に関わっている場合が多いのでしょうか。
今の若いお父さんは、割としている印象です。35歳くらいががボーダーだと感じています。
妊婦検診や赤ちゃんの退院の時の付き添い、赤ちゃんの検診事なども一緒に来られる夫が多いのですが、夫の年齢が少し上になると何か言っても引っかかりにくく、「こんなのみんなやっているから、一人で当然でしょ。」と妻に言う方が増える気がします。
私たちの世代くらいから男女ともに家庭科と技術を学んだりしていましたので、やはり教育の違いなのだと感じています。
今後のビジョンについてお聞かせください。
現在、産前産後のヘルパー派遣、親子の遊び場作りなど4つの事業に取り組んでいます。それらは続けていきたいですし、ヘルパーの人数も増やしたいですね。私がまだ現場にバリバリ入っていてマネジメントに専念できないので、その部分は解消したいと考えています。
青森の皆さんへメッセージをお願いします。
先日、うちのスタッフが5人目を出産しました。こちらの団体に関わっているスタッフは子だくさんの人が多く、中には6人お子さんがいる家庭もあります。
少子化はあまり身近ではないのですが、世の中としては少子化傾向にありますよね。このメンバーがなぜたくさん子供を産めるのかといった時に、力を抜きながら子育てをしているからだと感じることが良くあります。さらに、子育てしているお母さんを近くで見ているからというのも大きいですね。
今は、公園で遊ぶ親子を見ないですし、子育てはここでしなさいと社会と分離しているように見えます。なかなか、社会で子供を育てているシーンが見えないから不安が大きくなっていきますよね。
ヘルパーに関しても団体に所属していないからできないと言う人がいるのですが、目の前に困っている人がいれば「何か手伝いましょうか。」と声をかけることはできると思うので、それも含めてもう少し世の中が優しくなれば良いと思っています。
まとめ
橋本さんのインタビューいかがだったでしょうか。
私は友人のフェイスブック上で橋本さんの活動に感銘を受け、善知鳥神社の横のカフェで活動について詳しく伺ったのが最初で、橋本さんの活動のお陰で助かっているママ達は相当数おられるのではと感じました。
青森の方は我慢強い人が多く、あまり人にも頼ってはいけないと自分自身で持ちすぎるきらいがあると思っています。
でも、大変な時はこのようにサポートして頂ける方もいる訳で、上手に活用することも大事なのではないかと思います。
橋本さんはサポートしながら、生活の知恵をどんどん新人ママに教えてくれます。核家族化して、主婦の知恵、ママの知恵を伝授してもらいにくくなった今の状況では、そういうものにも大きな価値があると感じました。
<参考サイト>
NPO法人子育てオーダーメイド・サポートこもも
https://comomo-aomori.jimdofree.com